かたち

その他の慣習

正教会には、これまでに紹介してきた奉神礼や諸習慣の他にも生活に密着したさまざまな習慣があります。その代表的なものをいくつか取り上げて説明いたします。

聖水式

主の洗礼祭(神現祭)の聖体礼儀に引き続き「大聖水式」を行う習慣があります。ハリストス(キリスト)が洗礼を受けたのは、水で清められるためではなく、水を聖にするためです。水はあらゆる物質に含まれるものなので、「この世」を象徴しています。つまり水を聖にすることは、「この世」を成聖することにつながります。聖水式を行うのは、ハリストス(キリスト)の成聖の業を「やり直している」のではなく、「拡張して現臨させている」のです。「大聖水式」は、ところによっては川や湖に出かけて行って行われることもあります。町の中の教会では、専用の大きな容器に水を汲んで、その水を聖にします。聖水は、一年間保管され「成聖」するために使用されます。すなわち、さまざまな物(138ぺージ参照)や、信徒にも振りかけられます。また各信徒は、聖水をビンなどに入れて家に持ち帰り、いろいろな機会(病気の時、旅行の時、また普段の食事の時などにも)に飲みます。信仰をもって聖水を飲む者、または注がれる者には、聖神の恵みが与えられます。聖神の恵みとは信徒として健全に生きる力です。

復活祭の卵

復活祭には赤く染めた卵を飾り、食べる習慣が古くから行われてきました。一説には、マグダラのマリヤ(ハリストス(キリスト)の女弟子の一人)が、ハリストス(キリスト)の復活を告げ知らせるためローマ皇帝に謁見した際、赤い卵を献上したことに由来すると言われています。卵は、見た目には動きませんが、やがて新しい生命がそこから生まれ出るので、死と復活を象徴しています。赤い色は、ハリストス(キリスト)が十字架上で流した血の色を想起させ、また「血は生命である」(レビ記17:11)ので、新しい生命である復活をも意味します。つまり、赤も死と復活の象徴です。今では、より美しく飾りたいという気持ちから、赤だけでなく色々な色に染めたり装飾や模様を施したりもします。

糖飯

「パニヒダ」を行う時に、「糖飯」を用意する習慣があります。糖飯とは、穀物を炊いたものを蜜や砂糖で甘くした食べ物です。ギリシャなどでは麦が使われますが、日本では餅米を使うようになりました。「一粒の麦が地に落ちて死ななければそれはただ一粒のままである。しかしもし死んだなら、豊に実を結ぶようになる」(イオアン(ヨハネ)12:24)と言われたハリストス(キリスト)の言葉のとおり、穀物は永眠者の復活を象(かたど)ります。聖使徒パウェル(パウロ)も復活を説明する時に、穀物を引き合いに出しています(コリンフ(コリント)前書15:35以下)。甘くするのは、天国の甘美さを表し、旧約における神の約束の地が「乳と蜜の流れる地」(申命記6:3)と表現されたように、神の国のよき味わいを象(かたど)ります。通常、皿にこんもりともった上に、干しぶどうなどで十字架の形が描かれます。その他さまざまなお菓子類を飾りつけたりもします。「パニヒダ」が終わった後、参祷者全員で分かち合い、食します。

聖パン記憶

聖体礼儀が行われる時、信徒は「聖パン記憶」を司祭に依頼することができます。聖パン記憶とは、提出された用紙に書いてある信徒の聖名を読み上げながら、司祭が聖パンから聖戈(せいか)を使って小片を取り出すことを言います。信徒は、自分だけでなく自分の家族や友人など、記憶してほしい人々の聖名を生者と死者に分けて用紙に記入します。記憶した小片は、ディスコスの上に置かれ、教会を象(かたど)り、聖体礼儀の最後に尊血の中に入れられ、ハリストス(キリスト)と一つになります。記憶された後の聖パンは手元に戻されます。これは、家に持ち帰り、ジャムやバターなどは塗らずに敬虔な気持ちで食べます。

ちなみに、聖パンは、「プロスフォラ(「供える」という意味)」とも呼ばれ、御聖体となるパンと同じように、水と小麦粉とイースト菌のみで作られます(塩を少し混ぜることも)。円状に二段重ねの形をしています。円は永遠を象(かたど)り、二段重ねはハリストス(キリスト)の人性と神性を象(かたど)っています。

アンティドル

聖体礼儀が終わった後、参祷者は、切り分けられたパンをいただきます。このパンは「アンティドル」と呼ばれます。これは、「賜物の代わり」という意味で、御聖体のために使ったパンの残りを、領聖しなかった人々のために分与していたことに由来します。今では、参祷者全員がもらう習慣となっています。

祭の前晩

「祭」の前晩に行われる「徹夜祷」の中で、五つのパンと、麦(もしくは米)、ぶどう酒、油を祝福する奉神礼が行われます。このパンは、「リティヤ」と呼ばれる特別な祈祷に引き続き行われるため、「リティヤのパン」と呼ばれることもあります。五つのパンは、五千人の共食の奇跡(マルコ6:30以下、他)を象(かたど)っています。祝福されたパンはぶどう酒に浸され、参祷者に分与されます。祝福された油は、参祷者の額に十字形に塗られます。こうして祭を祝い、神の豊かな祝福をいただきます。

聖枝祭の枝

主のエルサレム入城を記憶する「聖枝祭」には、その名のとおり、枝をもって祝います。聖書に記載されているようにシュロを使う教会もありますが、ロシアなどではネコヤナギを使っています。その他、オリーブやいろいろな花を使うこともあります。参祷者は祈祷の間ずっとこの枝を手に持って祈ります。その後、枝は家にもって帰り、イコンの上や横に一年間置かれます。この枝は、「勝利のしるし」と呼ばれます。

変容祭の果物

変容祭には、信徒はぶどうやその他の果物を持参して参祷します。祈祷の中で成聖された果物は、喜びをもって食されます。変容とは、ハリストス(キリスト)が山の上で光栄の姿に変わったことを言いますが、果物も、小さな種から豊かな味わいのある果実へと変容したものです。私たち人間も、神成(テオシス)の恵みによって変容していくべきものであることを果物の成聖は教えます。

呼びかけ

信徒は「神の僕」「神の婢」と呼ばれます。また神の前では兄弟姉妹ですから「○○兄」「○○姉」と互いに呼び合います。司祭には「神父様」とか「神父さん」と呼びかけます。復活祭の期間には「ハリストス(キリスト)、復活」「実に復活」というあいさつを交わします。

ページ上部へ戻る