祈り

機密

正教会で行われる祈り全体を総称して「奉神礼」と言います。奉神礼とは、ギリシャ語の「リトゥルギア」の訳です。「リトゥルギア」とは「公(おおやけ)の仕事」という意味です。正教徒が、神を正しく讃美し感謝し、祈りをささげるというのは、神の民としての当然の務めなのです。さらに言えば、人間はそもそも奉神礼的被造物であるのです。人間は祈りによって神と交わるように造られた存在であるということです。

正教会の奉神礼の中には「機密」と呼ばれる祈りがあります。「機密」とは、ギリシャ語の「ミステリオン」を訳した言葉です。他にも「サクラメント」と呼ばれることもあります。「サクラメント」とはもともとラテン語で、軍隊への入隊式を意味していました。それがやがて教会の信徒となる奉神礼である「洗礼」を指すようになったと言われています。「ミステリオン」というギリシャ語は、「ミステリィー」という言葉と同じ語源です。すなわち「神秘」とか「秘密」とか「謎」いう意味をもちます。しかし、「ミステリオン」は、その「謎を解き明かす」という意味をも含んでいます。正教会の「機密」とは、神の見えない神秘的な恵みを、見えるものをとおして自分の身にうける、ということです。例えば、洗礼は、水という見えるものをとおして、ハリストス(キリスト)との一致という神秘的な恵みをいただき、「罪の赦しを得る」のです。

この世にある物や形や行為が、神様との交わりをもつようになるということを「機密」と呼ぶなら、正教会の奉神礼はすべて「機密的」ですし、また私たちの生活や人生そのものが「機密的」にならなければなりません。私たちは肉体をもって人生を送っていますが、その人生全体が神とのつながりのうちにあることが、一番肝心な「機密的」なことです。ただし、正教会で単に「機密」という時、それは今では、普通、次の七つの奉神礼を意味します。この機密は、「洗礼機密」以外、正教会の信徒でないとあずかることはできません。

  • 洗礼(せんれい)機密
  • 傅膏(ふこう)機密
  • 聖体(せいたい)機密
  • 痛悔(つうかい)機密
  • 婚配(こんぱい)機密
  • 神品(しんぴん)機密
  • 聖傅(せいふ)機密

洗礼機密は、クリスチャンとなるための機密です。水の中に三度沈み、三度起きあがるという行為によって、ハリストス(キリスト)と共に死に、ハリストス(キリスト)共に復活するという恵みが与えられます。簡易的に頭に三回水を注ぐという形も行われます。正教会では「至聖三者(三位一体)の名」によって洗礼を受けなければ、洗礼とは認めません。洗礼機密とは、新しい人に生まれかわる、という意味もありますので、一生に一度しか洗礼機密は受けられません。洗礼を受けた人には聖名(クリスチャンネーム)がつけられます。聖名は数多くの聖人の名前の中から選ばれます。その聖人にあやかり、とりなしを願い、天上の教会とのつながりをもつためです。洗礼者は、「洗礼着」と呼ばれる白い衣をまといます。そして「ハリストス(キリスト)によって洗を受けし者、ハリストス(キリスト)を着たり」と歌い、ハリストス(キリスト)を「身につける」生活が始まったことを祝します。正教会では唯一の神への信仰に基づいて、「幼児洗礼」を奨励します。また、危篤などのやむをえない時、信徒が「摂行洗礼」を施すこともできます。その場合、司祭への連絡が不可欠です。

傅膏機密は、洗礼をうけた直後に引き続き行われる機密です。「傅膏」の「傅」は「つける」とか「塗る」という意味で、「膏」とは油です。傅膏機密とは、神・聖神の恵みが新しい洗礼者に降るために、「聖膏」と呼ばれる特別な油をつける機密です。カトリックでは「堅信礼」といって、洗礼と引き離した扱いをしますが、正教会では洗礼と組み合わせされています。聖神の恵みは生まれたばかりのクリスチャンにすぐにも必要だからです。

聖体機密は、ハリストス(キリスト)の体と血となったパンとぶどう酒をいただく機密です。ハリストス(キリスト)の体と血となったパンとぶどう酒のことを「御聖体」といい、「御聖体」を食すことを「領聖」といいます。御聖体を領聖することによって、罪の赦し、永遠の生命、ハリストス(キリスト)との交わりといった恵みが与えられます。聖体機密は機密の中の機密、とも言われます。聖体機密が行われる奉神礼のことを「聖体礼儀」といいます。

痛悔機密は、自分の罪を悔い改めようとする気持ちを言葉で表し、罪のゆるしを得る機密です。「痛悔」という言葉は、広い意味では罪を悔いて神の方に向き直る心そのものを指していますが、狭い意味では「痛悔機密」を受けることを指しています。司祭は、罪を繰り返さないための助言をしますが、基本的にはその人が心から痛悔の心をもっていることを証する証人にすぎません。痛悔機密は「第二の洗礼」とも呼ばれます。「洗礼」によって神と一つになり罪を赦された私たちは、弱さによって再び神と離れてしまいます。しかし洗礼の受け直しはできません。その代わり痛悔機密を受けることができるのです。日本正教会では、御聖体を領聖する信徒は、その前に痛悔機密を受けておくべきとされています。

婚配機密とは、いわゆる結婚式です。結婚とは、単に男女が生活を共にするということではなく、神の恵みによって一つになるという機密なのです。人間は三位一体に似せて造られましたので、人と人とは区別されながら、愛のうちに一致することができます。婚配機密は、指輪の交換を中心とした「聘定式」と、冠を被ることを中心とした「戴冠式」の部分に分けられます。指輪は西方教会とは違い正教会では神の力を意味する右手にはめます。冠は、王と王妃として自分の生活を治めていくため、また信仰を貫いて勝利者となるための神の恵みを表しています。なお、正教会では離婚は罪であり、基本的に認められません。ただ人間的配慮として再婚を認める場合もあります。

神品機密とは、「主教」「司祭」「輔祭」という教会の三つの役職に任命するための機密です。この三つの聖職のことを「神品(しんぴん)」と正教会では言います。「神品機密」は「叙聖」とも呼ばれます。叙聖する力をもつのは、使徒の継承者である主教のみです。新しい主教は複数の主教によって叙聖されます。神品機密は必ず聖体礼儀の中で行われ、主教は新しく叙聖される者の頭の上に手を置きます(「按手礼」呼ばれることもある)。按手という見える形をおとして、聖神の力が新しい神品に付与されます。

聖傅機密とは、病に伏している人のために行われる機密で、その人に油を塗り、いやしと罪のゆるしとを祈ります。特に死に直面している人のためには、信仰を固め、精神的な力を与えます。基本的には、七人の司祭が交代で聖書を読み、祈り、七回油を塗りますが、司祭一人でも行うことはできます。

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