函館ハリストス正教会

外観

内観

所在地・問合せ
住所
〒040-0054
北海道函館市元町3-13
所在地マップ
TEL/FAX
0138-23-7387/0138-23-7939
管轄
長司祭 ニコライ ドミトリエフ
URL
http://orthodox-hakodate.jp/
祈祷案内
お祈り(晩祷・聖体礼儀)

・晩祷

毎週土曜日 午後5時

・聖体礼儀(日曜礼拝)

日曜日 午前10時

※ 詳しくは教会までお問い合わせ下さい。 また、ハリストスの教え、聖書、正教会について学ばれたい方は教会にご連絡下さい。

1861年聖ニコライが来日した日本正教会発祥の地。函館市元町にあり、ロシアビザンチン様式の聖堂は港町函館のシンボルとなっている。

教会の沿革

函館ハリストス正教会は、1858年(安政5)ロシア領事ゴシケウィッチとともに、領事館付司祭イオアン師が箱館に着任した時から、その歴史が始まった。当時、ロシアは正教会を国教としていたので、領事館等を外国に設けるときには聖堂を建て司祭を派遣した。初代の領事館付司祭イオアン師は病気のため間もなく帰国し、後任の聖ニコライは、1861年(文久元)6月函館に到着した。聖ニコライは、領事館付司祭として来日したが、日本に正教の福音を伝える大志を抱き日本語・歴史・宗教・習慣等の研究を始めた。

このような中で何人かが聖ニコライのもとに出入りをするようになり、1868年(明治元)4月キリシタン禁令の中、パウェル沢辺琢磨・イオアン酒井篤礼・イヤコフ浦野大蔵の三人が、司祭館の一室で秘かに聖ニコライより洗礼を受けた。この三人の受洗は函館教会の初穂であるとともに、日本正教会の誕生でもあった。1872年(明治5)聖ニコライは日本全土に伝道すべく東京に移り、かわって修道司祭アナトリイ師が函館教会の後任者となった。

アナトリイ師は信徒の中からパウェル津田マトフェイ影田、イオアン酒井を伝教師に選び人々に福音を宣べ伝えさせ、同年9月には函館教会は百人を越える信徒を有する教会となった。又1874年(明治7)には境内地に小学校、女学校を興し普通教育、女子技芸教育に貢献した。

1882年(明治15)に初めて日本人司祭としてティト小松師が赴任した。

聖堂の沿革

初代の復活聖堂は1860年(安政6)に建立されたが1907年(明治40)に焼失し、1916年(大正5)に現復活聖堂が建立・成聖された。1983年、大正時代の建造物としては全国で二番目に国の重要文化財に指定された。1988年、復活聖堂は3年余の大修復工事によって、当初の姿に復元された。

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